PROFILE

はじめまして、MASAKI (1986年6月28日生まれ)と申します。

 

MASAKI
MASAKI

どうも、よろしくお願い致します。

 

僕は30歳の頃にインターネットビジネスに出会い、
今ではパソコン1つで月収100万以上稼げるようになりました。

 

そして、念願の脱サラも果たしています。

 

軽く実績を紹介しますね^^

 

・ネットビジネス開始9ヶ月目で月収100万円達成!
・リリースした電子書籍2冊がベストセラーを獲得!
・ネットで学んだマーケティングスキルを活かし「ウクレレ教室」のコンサルティングを手掛ける!
・YouTubeチャンネル登録者数1200人以上!
自動収益だけでサラリーマン時代の2倍以上の収入を獲得!

 

疑われたくないので、自動収益のほんの一部の証拠写真を貼っておきます。

こんな感じで自動で決済されていってます。

 

続いて電子書籍のベストセラー証拠画像です。

ちなみに、、、

 

今ではこんな感じですが、
サラリーマン時代は本当にうまくいってなかったのです…。

 

サラリーマン時代のあだ名はなんと“ゴミ拾い”でしたから!笑
(最後まで読むと意味がわかります)

 

転職も繰り返したし(4社経験しました)、ひどいパワハラを受けたこともあります。
パワハラが原因でうつ病の一歩手前の“適応障害”という精神病にもなりました。

 

ちなみに25歳の頃に半年間、実家でのニート生活も経験しました。

 

そういった経験から、だんだんと『僕と同じように苦しんでいる人の役に立ちたい』と感じるようになりました。

 

きっと昔の僕のように、会社員としてのこれからの人生が嫌で嫌で仕方ないとか、
人生こんなはずじゃなかったと感じてる人は多いはず。

 

 

そう思って“少しでも多くの人の役に立ちたい”
ということで、ブログやYouTubeでの情報発信を始めました。

 

そしたら驚くほどの反響があり、やっぱり同じようなことで悩んだり、不安になったりする人がいるんだなって毎日のように実感しています。

 

そしてそういった人たちに向けて僕がどうやって
そのジレンマから抜け出したのかを伝えたいという強い思いがあります。

 

“社畜で苦しんでいる人たちを救いたい”

“人生はまだやり直せる”

 

ということを本気で伝えたい。こんな僕でもできたから。

 

また、知らないだけで損をしている人が多すぎるので、
「ネットを使えば意外とビジネスってシンプルにできるよ!」
ってことを伝えたいです。

 

あともう1つどうしても伝えたいことがあります。

 

ネットビジネス業界には『自分が稼ぐために平気で人に変なことを教えている』人が多すぎます。

 

例えば、教えてる内容が規約違反をして稼ぐものであったり、長続きしない単発的なものであったり、、、

 

ぶっちゃけそういうの僕は許せないんですよね。

 

ってか、規約違反なものなんてそもそもビジネスとは言えないし、平気な顔して規約違反を人に教える時点でどうかしてると思います。だって正常な頭なら「これ以上規約違反者を増やすなよ」って思いません?

 

ではなぜそういった人たちが規約違反を人に教えるのか?これは冷静に考えればわかるのですが、その人自体にスキルがないからです。

 

スキルがないから規約に違反した“こすい稼ぎ方”しかできないし、そういった薄っぺらいことしか教えられないのです。たったそれだけのことなんですよね。

 

だからこそ僕は、本物の情報を真っ当なやり方で提供しています。

 

これが僕の信念の1つなので、これからも絶対に曲げることなく貫きます。これについては僕のYouTubeやブログをご覧いただければ理解できるかと思います。

 

ということで、熱くなって前置きが長くなってしまいましたが、
僕の経験やこれからについて書きましたので、ぜひ見ていただければと思います。

楽しかった学生時代 〜〇〇にハマりあることに気づく〜

僕は生まれてから高校生までを岡山県の田舎で過ごしました。
スポーツと犬がとにかく好きなごく普通の少年でした。

 

そして、大学生になり、初めて実家を出て一人暮らしをスタート。

 

しかもオシャレな神戸で一人暮らし!!!

 

田舎で育った僕にとって、
都会での大学生活は本当に本当に楽しかった。

 

初めての茶髪、初めてのパーマ、初めてのピアス。
何をしようと誰にも何も言われない環境を存分に楽しんでいました。

 

何より大学やバイトで出会った仲間に恵まれました。
毎日本当に刺激的で楽しい日々を過ごしていたのです。

 

大学に入ってから間もなくして僕はあることに気づきました。

 

それは、「自由ってめっちゃ楽しいやん!!」ってこと。

 

時間的自由と精神的自由と外見的自由。

 

大学はテキトーに行ってれば単位は簡単に取れるし、
髪型も自由だし、ピアスつけるのもヒゲを生やすのも自由。
人間関係にも困ることはないからストレスもない。

 

「この時間が一生続けばいいのにな…」

 

お酒を飲みながら友達とそんなことをよく話していました。

 

その時は、本当に時間が止まってるみたいな感覚で、
この時間がずっと続くんじゃないかって半ば本気で思ってました。

 

そんな僕が大学の頃に夢中になったことがあります。
それは、ボウリングとスロットとオシャレ(笑)

 

僕は元々、ハマったらとことんそれを極める性格。
そして究極の負けず嫌い(めんどくさいやつ笑)

 

ボウリングは最高で266、
スロットは1日で10万以上勝つことも何度もありました。
そして、スロットで勝ったお金の9割は服に消えていってました。

 

ボウリングは週5ぐらいでやっていたので、
その辺の大学生にはまず負けることはなかったし、
アベレージで200とか出ることも普通にありました。

こんな感じでした。残念ながら僕の名前が写った写真はありませんでしたが(笑)

 

でも、ボウリング場には自分より上手い人が普通にいるんです。

 

それは若者とかではなく、多くは40代〜50代の男性や女性でした。

 

その人たちは、ボールの速度は遅いけど、
緩やかなカーブでストライクが出やすいゾーンにピンポイントで投げるんです。

 

それを見ては友達と「なんであんなに上手いのかな?」って
疑問に思っていました。

 

なぜなら、ボウリングをやっている量は僕らの方が上だと確信していたからです。

 

僕らは週5でボウリングに行っていたし、
いつも10ゲームぐらいはやっていたので、
ボウリングをやっている量は僕らの方が多いはず。

 

でも、明らかに僕らより上手い。

 

僕はその時に初めて学んだことがあります。

 

それは、素人がいくら自己流で量をこなしたところで、
プロに教えてもらっている人には絶対に勝てないということ。

 

そう、その人たちはプロのレッスンを受けていたのです。

 

この時に、素人の限界というか、
自己流では、ちゃんと習っている人には勝てないと理解したのです。

当時の僕はこんな感じでした(笑)
わけわからないポーズをとっていますね。。。ダサい(笑)

就職 〜これが人生の本番ってマジかよ〜

時間が止まっている感覚の大学時代でしたが、
もちろん現実では時間が止まるわけがありません。

 

自由な時間も終わりを告げ、大学を卒業後は地元の岡山に戻り
百貨店に就職をしました。社会人としてのスタートを切ったのです。

 

当時の僕は、何の疑いも持たず就職という道を選びました。

 

周りの友達もみんなそうだったし、
これから生きていくためには、就職の選択肢しかありませんでした。

 

でも、就職して働いても何かしっくりこなかったのです。
それは、僕の働きが会社に直接貢献できていないと実感したからです。

 

しっくりこなかったというか、やりがいがない。。

 

「会社で働くってこういうことなん?全然面白くねー」

 

そう思うとこれから先の人生が思いやられました。
仕事がしんどいわけではなく、やりがいの問題です。

 

正直、人間関係が悪いわけではなかったです。
(お昼はよく先輩にランチをご馳走になりました)

 

でも、なんか違う。これじゃない。
とは思いつつ社会人ってどうせこんなもんだろう
そんな感情が強くなってきたんです。

 

「どうせおもろくない社会人生活なら給料いい会社のがよくね?」

 

次第にそう思うようになってきました。

 

そして、給料重視で転職先を探す日々が始まったのです。

転職して一部上場企業の営業マンになる

給料だけを見て転職活動をスタートさせたのですが、
トントン拍子で選考が進んで行きました。

 

そして一部上場企業への転職を決めることができたのです。
平均年収はなんと800万円!!
(心の中でガッツポーズしました笑)

 

医薬品メーカーの営業です。

 

もちろん不安はありました。

 

百貨店から医薬品メーカーってことで仕事内容がガラっと変わるし、
全国規模の会社だったので、転勤できることが採用の条件の1つでした。

 

でも、大幅に上昇する収入への期待の方が圧倒的に大きかったんですね。

 

「よし、心機一転頑張りますか!」
と、前向きな気持ちで新卒入社をした会社に別れを告げました。

研修場所の茨城県で東日本大震災に遭う

新しい会社では、入社後2ヶ月間の泊まり込みでの研修を経て、
そこから全国のどこに配属されるかが決まります。

 

研修中は、
中途入社の約20名と一緒に2ヶ月間もの間、
寝食をともにしました。

 

勉強ばかりで辛かったけど、
それはそれで楽しかったです。

 

研修は茨城県の鹿嶋市で
2011年2月1日からスタートしたのですが、
その約1ヶ月後に東西日本大震災に遭いました。

 

幸い研修施設が高台にあったため津波の影響はありませんでしたが、
研修施設のガラスは割れ、目の前で水道管も破裂しました。

 

震度6を超える地震は、本当に立っているのが無理なレベルで、
地震が来るたびに外に避難し、しゃがみこんでバランスをとっていました。

 

本当に怖かったです。

 

もちろん水は出ないので、トイレは外でやりましたし、
救援物資として送られてきた乾パンを生まれて初めて食べました。

 

このままでは研修が続行できないという会社の判断から、
数日で東京の研修施設への移動が急遽決まりました。

 

東京へは会社が用意したバスでの移動だったのですが、
高台にある研修施設から降りたときに見た光景は言葉にできないものでした。

 

また、現地でできた友達がいたのですが、
その友達の友達が地震で亡くなったり、家がなくなった人もいました。

 

当時、感情の整理ができなかった時もありました。

 

実は、現地でできた友達の友達以外にも、
一緒に研修を受けていた同期の友達も亡くなっていたからです。

 

なんて声をかけたらいいのかわからなかった。

 

この件はもう詳しくは書きませんが、
この経験から今を生きなきゃって強く感じたのです。

 

人生何が起きるか本当にわからない。

 

じゃあ、後悔なんてしてる場合じゃないなって。

転勤で熊本県に飛ばされる

研修はなんとか終わり配属先が熊本県に決まりました。

 

約20名いた同期は全国いろいろなところへ配属されました。

 

・北海道
・東京
・長野
・愛知
・大阪
・和歌山
・京都
・山口

 

など、本当にバラバラです。

 

まあ、給料高いから転勤も仕方ないか…
そう感じながらも熊本での生活をスタートさせたのです。

 

研修をみっちり受けはしましたが、
営業としての実務は初めての経験でした。

 

なので、本当にわからないことばかりで、
最初はよく上司に質問をして指導をしてもらっていたのですが、、、

 

ある時から態度が上司の態度が急変しました。

 

「ってか、お前って中途入社やろ?」
「もう教えんから自分でうまいことやってくれ」

 

熊本に配属されてから1週間でこうなりました。

 

そして、それからは些細なことでも怒鳴られるようになりましたが、
僕はなんで怒鳴られているのか意味がわかりませんでした。

 

そんな毎日が続きました。電話でも怒鳴られました。

 

僕は中学の頃に野球部だったので、
一応メンタルには自信があったんですけど、、、

 

これがきっかけとなり、
人生で初めてメンタルがいかれかけました。

 

毎日、怒鳴られていると人間っておかしくなるんだなって
その時に初めて知りました。

 

当時はうつ病とか、そういう精神病ではなかったと思います。

けど、ちょっと人間不信になるというか、
この先こんな環境でどうすればいいのか、
それが全くわからなくなったんです。

 

情けないけど、親に電話に相談をしてみました。

 

そしたら親は
「そんな会社辞めて実家に帰ってくれば」と言ってくれました。

 

友達にも電話で相談しました。
「そんな会社辞めろよ。辞めてもきっとなんとかなるよ」
と言ってくれました。

 

そして職場の先輩にも相談しました。

 

そこで初めてあることを知ったのです。

 

どうやら僕が怒鳴られるターゲットになっていたのには、
理由があったのです。

 

それは、僕の営業担当エリアが上司の生まれ育った町を含んでおり、
そのエリアで大きな成果を上げないやつは許さないという、
訳のわからない理由からだということでした。

 

ちなみに会社が中途社員を募集する時って、
事業拡大の時、もしくは辞めた人員の補充の時です。

 

で、僕が配属された熊本は人員の補充が目的でした。

 

実はそれにも理由があって、僕が入る前に辞めた人は、
僕を怒鳴りつける上司からのパワハラが原因で辞めていたのです。

 

その人の担当エリアは上司が生まれ育った町を含んでいたそうです。
つまり、僕と同じ状況で苦しんで辞めていったと知りました。

 

相談に乗ってもらった先輩はすごくいい人で、
「俺が色々教えるから一緒に頑張っていこう」
と言ってくれ、本当に救われた気になりました。

 

そして、頑張ろと思ったのですが、
それでも連日のように僕は怒鳴られ続けました。

 

その結果僕は、
次第に計り知れないほどの憎しみを
その上司に持つようになりました。

 

ぶん殴ってやろうと本気で思っていたし、
そもそもこんな奴を所長に選んだ会社も頭がいかれてるんじゃないか?
そうも思うようになりました。

 

そして、「この会社はクソだ!」
こんな会社であと30年以上やるなんて絶対無理だと確信したんです。

 

こんな会社にしがみつかなくても、
“自分ならきっと何とかできるだろう”って
何の根拠もないのにそんな自信に満ちていました。

 

この会社への転職だって何とか自分で決めることができたし、
「きっとまだ若いし大丈夫でしょ!」

 

「よし、辞めてやる!こんはクソ会社」
そう決めてから次の転職先を決めずに辞めたのでした。

 

 

決まらない転職先と初めてのニート生活

転職先を決めず勢いで会社を辞めた僕は実家に帰りました。

 

せっかく入った一部上場企業の会社でしたが、
本当にあっさりと辞めたのです。

 

“自分ならどうせ次の転職先もすぐに決まるだろう”

 

そんな根拠のない自信が当時はなぜかありました。

また、精神的にも参っていたのでゆっくりしたいという思いもあり、
転職活動をせずニート生活を少しだけやってみることにしました。

 

ニートを約1ヶ月続けた結果、
暇すぎて「何かやりたいな」と思うようになりました。

 

特に趣味もない僕でしたので、
毎日昼ドラと夕方からの再放送のドラマを見て、
そして夜もドラマを見て1日が終わる、
そんな生活を送っていました。

 

それはそれで悪くはなかったのですが、
仲の良い友達はみんな働いているし、
家族も働いている。

 

そんな中、ドラマ漬けの毎日を過ごす自分に
罪悪感のような感情を抱くようになったんです。

 

その罪悪感から逃れるため、
僕は転職活動をスタートさせました。

 

「どうせ前みたいにすぐに良い会社に内定もらえるんだろうなー」
そんな甘い気持ちでインターネットで何社か応募したのですが、、、

 

驚くことに書類審査でことごとく落とされていったのです。

 

種類の内容が悪かったのかな?そう思って職務経歴書の書き方を
ネットで調べなおして、そして自己分析も1からやり直しました。

 

「よし、これで書類審査は通るだろう」
そう思って、今度はまとめて20社ぐらい応募してみました。

 

その結果、、、

 

またもや書類審査で全て落とされました。

 

「おかしい、、、こんははずではない」
そう思いながらも、なぜ書類審査さえ通らないのか、
その原因を薄々自分でもわかっていました。

 

それは単純に、職歴に傷が付いているから。

 

3年という短い期間に2社を辞めた職歴を持つ僕は、
「どうせうちの会社に入ってもすぐに辞めそうだな」と
書類に書いた職歴だけで判断されるようになったのです。

 

ニートになって半年後、
僕はもう躍起になっていました。

 

「とりあえず働かないとやばい」
そういう思いで妥協をして転職先を決めたのでした。

 

やっと決まったので、
その時は嬉しかったし、仲の良い友達はお祝いしてくれたのでした。

やっと決まった転職先と年収300万の僕

転職が決まったものの、
新しい会社での待遇は散々なものでした。

 

年収は300万ぐらいで、
低い年は290万しかなかったこともあります。

 

とりあえず働こうと思って入った会社だったので、
給料の低さは仕方ないと思っていました。

 

でも、
大卒後ずっと同じ会社で働いている友達の多くは、
だんだんと給料が上がっていってるのを知っていました。

 

そんな中、初めてのボーナスの時、
今でも一生忘れられないのですが、、、

 

ボーナス支給額が総支給で8万円でした。

 

まわりの友達は、低くても40万ぐらいはありましたし、
この時期の友達との飲み会に行くのは相当辛かったです。

 

友達のみんなは、ボーナスで旅行を計画していたり、
車の頭金の一部に使おうとかそんな話が飛び交うから。

 

僕は総支給で8万円だったなんて口が裂けても言えず、
「俺も旅行に行きたいんよねー」なんて無理にまわりに合わせていました。

 

こんな時はよくこんなことを考えていました。
「前の会社だったらボーナス1回で75万ぐらいあったのになー」
やっぱり辞めない方がよかったのかな、、、

 

寝る前にはよくそんなことを考えては、
どうしようもない感情に押しつぶされそうになっていました。

 

この会社では次のボーナスも
確か総支給で17万ぐらいだったと記憶しています。

 

その時もまた友達との会話に合わせるのが辛かったです。

 

そして僕はまた転職をしようと決意したのでした。

 

やっぱりある程度のお金がないと生きていけないから、
ちょっとでも収入が高い会社を今からでも頑張って目指してみよう!
ということで、この会社に入って1年経った段階で転職活動を始めたのです。

 

ですが、また書類選考で落とされる日々でした。

 

転職を繰り返すと何か特別なスキルがない限り、
社会からの評価はものすごく下がることはわかっていましたが、
身を持って経験するのはやっぱり辛いものがありました。

 

そして、転職活動を始めて4年で、
やっと自分が思う条件をクリアした会社に内定を頂けたのです。

 

その時僕は30歳になっていました。

 

これが最後の転職だ。
ここで定年までやりきってやる!という
結構な覚悟を持って入社をしたのです。

また転職!年収150万アップも初めての精神病

転職先が決まって入社をする準備段階で、
僕は実家を出て一人暮らしを始めました。

 

というのも実家がある岡山ではなく、
大阪での勤務になったからです。

 

一人暮らしとはいうものの、
家賃手当は一部会社負担だし、
なんていったって年収が150万アップです。

 

やっと普通の暮らしができる。
やっと普通のボーナスがもらえる。
ボーナス時期の友達との会話で無理しなくていい。

 

これまでの我慢から解放された様な気がして、
転職先が決まってすごく嬉しかったのを覚えています。

 

年齢が30歳ということもあり、
結構な覚悟を持って入社を決めました。

 

『ここの会社で結果を出して出世して人生大逆転してやる』

 

そういう野望も抱いていました。

 

ですが、いざ入社をしてみると、、、

 

結果として僕は、
うつ病の一歩手前の『適応障害』という
精神病になってしまったのです。

 

原因は激しいパワハラでした。

 

約100人が参加する会議で、
僕は部長から「お前は人間性が終わっている」と
そう言われましたことがあります。

 

もちろん、それだけではありません。

 

冒頭で少し触れましたが、
僕は“ゴミ拾い”と上司に呼ばれる様になりました。

 

僕は営業の仕事をしていたのですが、
上司は小さな契約のことを”ゴミ拾い”や”ゴミ集め”と
呼んでいたんですね。

 

僕が大きな契約を取れず、
小さな契約ばかりを取ってくるので、
「お前はただの”ゴミ拾い”だ!」とよく言われていました。

 

他にも、
営業車を使って外回りをしていたので、
「ガソリンばら撒くのだけは得意だな」とか、
色々言われていましたね(笑)

 

今となっては笑って話せますが、
当時は相当傷ついていましたし、

人間性を否定された時は、
パワハラで訴えようかとも本気で考えました。

 

そして僕はどんどん自己否定をするようになり、
どんどん自信がなくなっていったんです。

 

でも、
そんな僕をなんとか繋ぎ止めていたのが、インターネットビジネスでした。

 

実は、この会社に入ると同時に、
僕はインターネットビジネスで稼ぐ為の高額塾に
人生で初めて入っていたのです。

 

それは、単にインターネットで稼げるかのどうかを
知りたいという好奇心と、

 

会社でうまくいかなかった場合の
リスクヘッジのような位置付けで入ったんです。

 

当時はあくまでも副業という形で
ネットビジネスをやっていましたが、
着実に稼げるようになっていきました。

 

本業で精神的にやばかったのですが、
ネットで稼ぐことだけは継続しようと決めて、
徐々にですが、結果が大きくなっていったのでした。

社会と会社はクソ!僕は『自分で稼ぐ』と決意

精神病の僕は抗うつ剤を飲みながら仕事に行っていました。
もちろん会社には報告していませんでした。

 

ですが、ある時、
抗うつ剤の副作用で激しいめまいに襲われました。

 

回転性のめまいというもので、
一瞬で激しい車酔いのような状態になり、
その状態が継続するというものです。

 

この状態だと車の運転はできないので、
外回りに行くふりをして家に帰って寝ることもありました。

 

お客さんとのアポイントがある時は、
めまいを我慢して行っていましたが、
そんな状態で訪問しても契約に繋がることはありません。

 

結果として、
薬を途中で変えてもらったのでめまいは改善されました。

 

けど、相変わらず薬を飲み続けながら会社に行っていました。

 

そんな日々の中である時ふと、
「こんな状態になってまで会社にしがみついて働く必要はあるのか?」
という疑問が頭をよぎりました。

 

それから僕は、
ネットでやっていた副業に費やす時間を増やし、
徐々に稼げる金額を膨らませていきました。

 

「ネットで月に100万稼げたら辞めてやる」
その決意の元、副業に没頭していきました。

 

そして、
ネットビジネスで月に100万稼いだ翌月、
僕は会社を辞めたのです。

 

もう会社も社会も信用できない、
なら自分で稼いで行くしかない。

 

そんな気持ちと覚悟でした。

 

今でも、会社とか社会はクソだと思っています。
自分で稼ぐようになってその考えはより大きくなっています。

今では夢の自動収益化を実現!

そして今では冒頭で証拠写真を見せた通り、
自動収益化にも成功しています。

 

 

 

ちなみに、
自動で収益が発生するのは1箇所でなはく、
複数のところから収益が勝手に振り込まれています。

 

内訳としては、

・電子書籍の印税で毎月1万〜2万ぐらい
・昔書いていたブログから月に8000円ぐらい
・メルマガで人の商品の紹介で月に3万〜4万
・メルマガで自分の商品の販売で月に40万〜70万

など、自動で発生する収益は大体こんな感じです(まだまだありますが)

 

これに加えて、
自動収益以外で、他にもっと大きな収入源もあります。

 

ダメダメなサラリーマンの僕でもできたわけですから、
ネットビジネスって本当にすごいなって毎日の様に感じています。

 

特に収入の自動化はネットビジネスならではなので、
やらないのはもったいないことだと思います。

この経験から伝えたいこと

これまで色々な地獄を見てきたんですけど、
『自分で変わろうと思って本気を出せばなんとかなる』
と自身の経験から僕は確信しています。

 

なので、
現状うまくいっていない人や、
人生を変えたいって人は、
まずは行動をしてみることです。

 

行動しないと何も生まれないので、
とにかく行動してみることです。

 

というか、
現代は昔とは違って、個人が稼げる時代に変わっています。

 

なので、単純にやらないのは「もったいない」です。

 

会社の看板に頼って、会社の価値で勝負するより、
自分自身の価値を高めて、自分で稼げるようになると、

 

マジで人生変わります。

 

それができるようになれば無敵状態になれます。

 

「センスがないからそんなの無理だよ…」なんて
感じる方もいるかもしれませんが、
僕なんて元々マジでセンスのない人間です。

 

ですが、
最初からセンスがある人なんてそもそもいないです。

 

また、ネットビジネスについては、
自分から行動して学ぼうとしなければ誰も教えてくれません。

 

パソコン1つで稼げる時代になったのに、
「センスがないから…」なんてやらない理由を探すのではなく、
とにかく自分から学んでみることが自分を変えるきっかけとなります。

 

なので現状に不満があってネットで人生を変えたい方は、
一番若い”今”から行動をしてみてくださいね^^

 

たった一度の人生ですし!

 

ネットビジネスについて学びたい方は、僕のブログ・YouTube・メルマガでがっつり学んでみることをおすすめします。

初心者向け講座を作りました

初心者の方向けの動画集を作りましたので、
こちらをぜひご活用ください。

 

初心者向け講座はこちらをクリック

 

※音声学習としても活用すれば、移動時間なども有効活用できます。

コンサルティングについて(2018.10.7追加)

最近かなり問い合わせが多いので追加しました。

 

これについては一度電話でお話しをしてから実施するかどうか決めています(こちらからお断りする場合もあります)

 

希望者の方は、メルマガご登録後に流れてくるメールに「コンサル希望」とご返信ください。

 

※電話が可能な日程を3点・目標・熱い想いなどを添えていただけると助かります。

 

コンサルティングでは、ビジネスの基礎スキルを徹底的に鍛えた上で、最短で収益を自動化する方法について、その人専用にカスタマイズしてご指導していきます。

 

悩んでいる方は、一度電話でご相談頂くことも可能です。自分から売り込むことは一切しておりませんので、ご安心ください。